小松邦志ブログ

小松邦志がふだん考えているいろいろなことを順不同で書きます。  医学、医療のこと、旅行のこと、クリスチャンとして考えていること、趣味のこと、政治のことなどが主な話題になると思います。

カテゴリ: 医学・医療

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 119番の通報を受けて、救急隊員が現場に駆けつけた時に、家族から、蘇生しないでほしいと言われて、救急隊員としては非常に困ることがあるという記事を、最近時々ネット上で目にします。
 私も、神戸徳洲会病院で長く救急医療を担当していたので、そういう事例を時々経験しました。

 癌の末期とか、老衰の状態で在宅で療養中の患者さまがおられます。
 体力が次第に落ちてきていて、近い将来に寿命が尽きるとご本人もご家族も予期されている方です。
 これらの患者さまの中には、状態が変わって、生命に関わるような事態になっても、延命治療を受けたくないと意思表示をされる方がけっこうおられます。
 ご家族も、このような患者さまの希望については理解していて、その通りにしようと思っておられます。

 ですが、いざ実際に急変が起こって、患者さまの生命の危機の状態になると、ご家族があわててしまって、何をしたらいいのかわからなくて、とりあえず119に電話してしまうのです。

 救急隊員の使命は、患者さまの命を救うことです。
 当然、119番の通報を受ければ、救急隊員は、全力で患者さまの救命のために手を尽くします。
 119番の通報があった時点で、ご家族は、患者さまが救命されることを願っていると、救急隊員は理解するわけです。

 ところが、現場に着いてみると、家族は救命しないでほしい、治療しないでほしいと言う。

 救急隊員の使命と家族の言葉が正反対なので、困るのです。
 多くの場合は、命が失われてしまったら取り返しがつかないので、救急隊員の使命に沿って、蘇生を行いながら、病院に搬送することとなります。
 病院に搬送されてからも、救命処置が続けられていくわけです。

 患者さまがあらかじめ延命処置は受けたくないと表明しており、ご家族もそれに同意していたにもかかわらず、119番に電話して、救急車を呼んでしまったために、本人も家族も望んでいなかった方向に、急発進してしまうのです。

 それでは、こんな悲劇を防ぐためにはどうしたらいいのでしょうか。

 一つの正解は、「急変があった時に、在宅医療の主治医に連絡する」でしょう。
 在宅医療の主治医であれば、患者さまが延命治療を望んでおられないことを知っているはずなので、その意向に沿って、在宅のままで症状緩和の治療をしたり、在宅で看取りをしたりしてくれるはずです。
 こうすれば、患者さまの願っていた通りになるのです。

 もし、在宅医療の主治医がまだ決まっていないのでしたら、少しでも早く、医者を見つけて、特に急変時の対応をどのようにするかを、よく話し合っておきましょう。
 急変があっても、119番に電話するのではなくて、在宅主治医を呼ぶ。これで悲劇は防げます。

 今日は市立伊丹病院で「緩和ケア研修会」がありました。
 若干のトラブルがありましたが、なんとか修了できました。

 私は9年ぐらい前にも「緩和ケア研修会」に参加していたのですが、事情があり、再度参加することとしました。
 市立伊丹病院の医師、看護師、薬剤師、MSW など多職種の方も参加されていました。
 勉強にもなりましたし、なかなか楽しい会でした。

 学んだことを、医療の現場でいかしていきます。

 この会は市立川西病院が主催している勉強会です。
 今回の講師は淀川キリスト教病院緩和医療内科主任部長の池永昌之先生でした。
 講演のタイトルは「あなたが大切にしていることを、医療や介護でも大切にしていくために」でした。
 中心の話題はACP(アドバンス・ケア・プランニング)でした。

 ACPについては、先日も勉強会に行ってきました。

 今日も、具体的、実践的なお話があり、勉強になりました。

 いよいよ、こひつじクリニックでもACPを意識した取り組みを始めていきたいと考えています。

 患者さんの価値観、人生観、希望をあらかじめできるだけお聞きしておいて、実際の医療や介護において、それが実現していくようにするのです。
 そのための具体的手順としては

 (1)代理決定者を明確にする。
 代理決定者とは、患者様の病状が進行してはっきり意思表示ができなくなった時に、患者様に代わって、患者様の希望を推定して、意思表示をする役割の人です。この人は、患者様の価値観をよく知っている必要があります。

 (2)患者様、代理決定者、医療スタッフが顔を合わせて、患者様の価値観や希望について語り合う。
 予定を組んで、集まって話をするという場合もあるでしょうし、日常の診療の中で、ざっくばらんに語り合うという場合もあると思います。
 ざっくばらんに語り合う場合でも、ACPを意識して、ポイントをおさえて、記録をしていく必要があります。
 うちのクリニックの場合は、1回で仕上げるというよりは、何回かに分けて徐々に仕上げていく形がいいのかも知れません。

 (3)1回決めたらそれで終わりではなく、時々、気持ちや意志に変化がないか、確認する。



 今日の勉強会では、もしバナゲームというものが紹介されました。
 一種のカードゲームです。
 患者様自身が、自分が何を大切にしたいと思っているのか、考え、整理するために、有効で便利なツールだと思いました。これも取り入れてみようと考えています。

 ある人から、貧乏ゆすりって、腰痛や膝の痛みに効果があるのって質問されました。
 そんなこと、聞いたことがなかったので、ちょっと調べてみました。
 すると、貧乏ゆすりをすることによって、股関節や、膝の関節で、良い刺激となり、関節軟骨の再生が促されて、痛みが改善したり、機能が改善したりする効果が見られる場合があるらしいということがわかりました。
 おそらく、まだ、きちんとした臨床研究として、効果が確認されたわけではないのでしょうが、実際にその効果を示唆する症例がいくつもあるようです。

 貧乏ゆすりという、非常に関節に対して負担の少ない運動によって、そのような素晴らしい効果が得られるのなら、試してみる価値はおおありでしょうね。

 貧乏ゆすりによって、股関節や膝関節に良い効果がある可能性はかなり高いような気がします。
 それだけでなく、エコノミークラス症候群(正式には肺動脈血栓塞栓症)の予防、下肢の浮腫の改善の効果はおそらく確実にあるでしょう。
 下肢の血液循環が良くなることによって、冷え症も改善しそうです。

 けっこういろいろな効果が期待できる一方、副作用はほとんどなさそうです。
 貧乏ゆすりで何か悪いことがあるとしたら、見た目が悪いので、人から変に思われたりするぐらいでしょうか。

 膝の痛み、股関節の痛み、腰痛、下肢のむくみ、冷え症でお悩みの方がおられたら、ただでできて、リスクのほとんどない貧乏ゆすりを、だめもとで、しばらく試してみられてはいかがでしょうか。

 私の患者様にも勧めてみようと思っています。
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 今日は市立池田病院でアドバンス・ケア・プランニングについての勉強会がありました。
 タイトルは「患者さんとどのように話し合いますか?アドバンス・ケア・プランニング(ACP) の実践」。
 講師は神戸大学医学部附属病院緩和支持治療科の木澤義之特命教授でした。
 ACP というのは、最近のわりとはやりの概念で、よく聞く言葉ではあるのですが、恥ずかしながら、私はあまり理解できていませんでした。
 今日の木澤先生のお話は、いろいろな具体的な失敗談、成功談をまじえたもので、とてもわかりやすいものでした。
 ACPとは、「患者・家族・医療従事者の話し合いを通じて、患者の価値観を明らかにし、これからの治療・ケアの目標や選好を明確にするプロセス」です。
 患者様の価値観が治療に反映されるようにということは、私もふだんから考えていることではあるので、ある程度は私はACPを実践しているとは言えます。
 ですが、今日のお話を聞いて勉強になった点がいくつかあります。

 ・家族など、代理決定者をしっかり決めて、その人にも一つの軸となってもらって、役割を果たしてもらった方がいいということ。

 ・ACPは、決まったパターンに基づいてすべての患者で進めていくものではなくて、患者様の気持ちや心の状態を見ながら、個別に、臨機応変に、進めていかなければならないこと。(下手なやり方だと、患者様や、ご家族を傷つけてしまって、かえってうまくいかなかったりする。)

 ・ACPは早すぎても遅すぎても良くない。

 そのほかにもいろいろ勉強になりました。
 今後の診療に取り入れていこうと思います。

認知症の人が劇的変化! “アイコンタクト”パワー全開SP(仮)
2018年10月24日(水)午後7時30分

 NHKのためしてガッテンという番組でユマニチュードが紹介されます。

2018/6/19 ユマニチュード入門
 の記事でユマニチュードについて簡単に紹介させていただきました。

 認知症が進んでくると、言葉の理解が難しくなってきます。
 どのようにしたら、そのような認知症の進んだ方に対して、「あなたは大切な人ですよ。」というメッセージを言葉を使わずに伝えることができるでしょうか。
 それを体系化したものがユマニチュードです。

 この番組では、ユマニチュードの4本柱の一つ、「見る」ということにしぼって紹介されるようです。
 ぜひご覧ください。

 ↓↓↓

認知症の人が劇的変化! “アイコンタクト”パワー全開SP(仮)
2018年10月24日(水)午後7時30分

2018/9/23 ピンピンコロリがお望みですか?(その1)
<ピンピンコロリが起こる病気の例>

2018/9/24 ピンピンコロリがお望みですか?(その2)
<ピンピンコロリは簡単には実現しない。>

2018/9/28 ピンピンコロリがお望みですか?(その3)
<がんで亡くなるということ(1)>

2018/9/29 ピンピンコロリがお望みですか?(その4)
<がんで亡くなるということ(2)>

2018/9/30 ピンピンコロリがお望みですか?(その5)
<こんな「ピンピンコロリ」はいかがですか。>

2018/10/1 ピンピンコロリがお望みですか?(その6)
<より良い「準ピンピンコロリ」となるために>

2018/10/3 ピンピンコロリがお望みですか?(その7)(完)
<まとめ>

<まとめ>

 ピンピンコロリをテーマとして、このシリーズを書き進めてきました。
 ピンピンコロリを望む人は多いのですが、元気だった人が突然亡くなるという、本物のピンピンコロリはあまり起こリません。
 また、本物のピンピンコロリは、残される家族にとっては、とてもつらい、迷惑な亡くなり方となることが多いです。

 日本人の3分の1はがんで亡くなります。
 最近亡くなった樹木希林さんの生き方を思い返してみてください。
 自分がやがて死ぬという現実を積極的に受け入れて、無駄にあらがおうとはせずに、残された時間を有意義に使おうとされていました。
 彼女は亡くなる直前まで、自分らしく生きることができて、自分らしく人生を全うすることができたのです。

 実は、彼女のような生き方は、ピンピンコロリを望む人の理想に近い亡くなり方、人生のしめくくり方なのではないかと思うのです。
 誰でも、彼女のように生きることができると思うのです。

 皆さんも、自分がどのように人生をしめくくるのがいいかということについて考えてみられてはいかがでしょうか。

 がんで亡くなるのは、多くの人が経験することではあるのですが、心の持ちようによっては、意外に悪くないものだということもお伝えしたいと思って、このシリーズを書きました。

(「ピンピンコロリがお望みですか?」 終わり)

<より良い「準ピンピンコロリ」となるために>

 (その5)で、がんの末期はピンピンコロリに準ずるような死に方のできる病気だと書きました。これを「準ピンピンコロリ」と呼ぶことにしましょう。
 より良い準ピンピンコロリになるために気をつけておいた方がいいポイントがいくつかあると思います。

 ・効果のあまり期待できない治療は受けない。

 (その3)で、がんに対する治療を続けていても、次第に効果が弱くなってくる場合があると書きました。
 医者は「この治療の効果が弱くなってきたので、次はこの治療を試してみましょう。」と勧めてくることでしょう。ですが、一般にあとから出てくる治療法は、先のものに優るものではないことが多いです。治療法がどんどん変わっていくような段階になってきたら、おそらく、もう有効な治療法はないんだろうなと考えてもいいかも知れません。
 患者さんにしてみたら、少しでも可能性があるのなら、それに挑戦したいと思うのは自然なことではあるでしょう。でも現代の医学は万能ではありません。残念ながら、治せない病気はたくさんあるのです。
 効果のあまり期待できない治療を受けると、貴重な時間やお金を浪費することになります。副作用のためにかえって食事がとれなくなったり、体力が落ちたりすることもあります。
 医者が勧めてくる治療法を断るのは勇気のいることでしょう。ですが、効果と副作用を自分でも冷静に天秤にかけて、自分のために賢明に決断しなければならない瞬間がやってくるかも知れません。
 人生の残された大切な期間を、自分のために、家族や親しい人のために使うという決断をするのです。


 ・最後の日々を過ごすのは病院よりも自宅がいい。

 自宅だと他の患者さんを気にすることもなく、病院の規則を気にすることもなく自由に自分のペースで過ごせます。面会時間の制約もありません。
 本人も家族もくつろいで過ごせます。
 病院にいると、頻繁に看護師などのスタッフが部屋にやってきます。だから安心とも言えるのですが、人生の最終段階の、親しい人と共に過ごすとても貴重な濃密な時間は医療スタッフに邪魔されたくないものです。


 ・十分な症状緩和が行われていること

 がんの末期では、各種のつらい症状が起こってくる場合があります。入院中であろうと、在宅療養中であろうと、それらの症状がきちんと緩和されていることはとても大切です。たとえば、強い痛みが続いているような状態では、痛みと戦うだけで自分のエネルギーを使い果たしてしまって、家族と落ち着いて話をすることもできません。穏やかに、和やかに過ごすことはとてもできません。
 在宅療養をするのであれば、訪問診療をしてくれるいい医者を見つけることは非常に重要です。24時間365日の対応をしてくれること、症状の緩和をきちんとしてくれることは当然必要な条件です。

<こんな「ピンピンコロリ」はいかがですか。>

 (その3)と(その4)でがんで亡くなる場合の平均的な経過についてご紹介しました。
 がんが進行してきても、亡くなる1〜3か月ぐらい前までは普通に生活できる場合が多いです。趣味や旅行を楽しんだりすることも普通にできます。
 余命が1〜3か月以内となってくると体力が落ちてきて、だんだんとできることが限られてきます。行動できる範囲が徐々に狭まり、人に助けてもらわないといけないような場面も少しずつ増えてきます。
 次第に食事がとれなくなってきて、衰弱が進んで、徐々に枯れるように最期を迎えるのです。

 (その2)では、ピンピンコロリを望む人が多くても、実際にはそれはほとんど実現しないと書きました。

 がんの末期は、ピンピンコロリとは少し違います。
 ですが、少なくとも亡くなる3か月前までは普通の生活ができて、その後、比較的急に体力が低下して最期を迎えるわけで、ピンピン元気だった方が、3か月ほどでコロリと亡くなるということであれば、けっこうピンピンコロリのイメージに近い亡くなり方だと思うのです。

 (その2)では、ピンピンコロリは遺族にとっては突然過ぎて、つらい別れだと書きました。
 ですが、がんの末期だと、症状が徐々に進みます。この先どんなふうに病状が進んでいくかとか、余命がどのくらいかとかについてはある程度予測できます。
 本人にとっても、家族にとっても、心の準備をする時間があるわけです。
 愛する人と死に別れるのは、本当につらい、苦しいことではあります。ですが、がんの末期であれば、その時までに互いに十分に気持ちを伝え合うことができます。準備をして、覚悟をすることができます。良いものを家族に最大限に残して去っていくことができます。自分で自分の人生の物語を思うように完成させることができるのです。
 がんの末期は、本人にとっても、家族にとっても、本物のピンピンコロリよりはずっといい亡くなり方ではないかと思うのです。

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