小松邦志ブログ

小松邦志がふだん考えているいろいろなことを順不同で書きます。  医学、医療のこと、旅行のこと、クリスチャンとして考えていること、趣味のこと、政治のことなどが主な話題になると思います。

カテゴリ: クリスチャンとして考えていること

<人間は神様に創造された。(3)>
 〜〜神様はなぜ私たちを造られたのでしょうか。〜〜

(2)目的を持って

 創世記にはこう書かれています。

創世記 1章26~27節
神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」
神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。


 神様が人間を造られた第一の目的は、私たちに自然界、被造物を支配、管理させるということなのです。

 私たちは、神様が造られたこの美しい地球、大自然を賢く管理できているでしょうか。
 あまりそうなっていないかも知れませんね。

 雄大な自然の中にいると、人は、その美しさに感動し、心が穏やかになり、いやされていきます。
 人間をはるかに超える存在を感じ、自分のちっぽけさを感じます。
 大自然の中にいると、どんなに大きい問題で悩んでいたとしても、自分の問題がとるにたりない、ささいなもののように思えてきたりするのではないでしょうか。

 神様が、私たちを創造された一つの目的のように、私たちがこの地球、この大自然を賢く管理できたらいいですね。
 大自然の美しさに感嘆し、その精巧さに驚き、神様の愛と力を感じ、神様をたたえます。

 人類が、大自然と調和して生きられるといいと思います。


詩篇
8篇
3,あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、
4,人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。
5,あなたは、人を、神よりいくらか劣るものとし、これに栄光と誉れの冠をかぶらせました。
6,あなたの御手の多くのわざを人に治めさせ、万物を彼の足の下に置かれました。
7,すべて、羊も牛も、また、野の獣も、
8,空の鳥、海の魚、海路を通うものも。
9,私たちの主、主よ。あなたの御名は全地にわたり、なんと力強いことでしょう。



 全宇宙を造られたほどの神様が、小さいとるにたりない人間に心を留められるのは、驚くべきことです。

<人間は神様に創造された。(2)>
 〜〜神様はなぜ私たちを造られたのでしょうか。〜〜

  (1)愛する対象として創造された。
 
 神様は、全宇宙を造られ、すべての自然法則を造られ、地球という環境を造られ、すべての生物を造られたような、想像を絶する知性と力を持った方です。まさに全知全能です。
 神様は、人間とはまったく違う、まったくかけ離れた存在です。
 神様は単独でももちろん存在できる方なのですが、愛する対象を望まれました。
 そこで人間が創造されたのです。
 神様と人間とが、愛し合い、心を通わせあい、大切にしあい、信頼しあい、感謝しあうようになるようにと期待して、人間を創造されたわけです。



エレミヤ書 31章3節
主は遠くから、私に現れた。「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。

<人間は神様に創造された。(1)>
  〜〜私たちはみんな神様に造られた。〜〜

 すべての人は、神様によって創造されました。

 旧約聖書の一番最初に書いてありますが、最初の人間であるアダムはもちろん神様によって作られ、生きるものとされました。
 すべての人間はその子孫です。
 私たち、一人ひとりには、父親がいて、母親がいて、この世に生を受けたわけですが、この過程の際にも神様が関わっておられます。

 神様は、私たちが生まれる前から、私たち一人ひとりのことを知っておられて、大切な存在として、この世に送り出してくださったのです。
 神様が、その生に関わっていないような人、神様に見つめられていない人は一人もいません。



創世記 1章26~27節
神は仰せられた。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」
神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。


詩篇
22篇
9,しかし、あなたは私を母の胎から取り出した方。母の乳房に拠り頼ませた方。
10,生まれる前から、私はあなたに、ゆだねられました。母の胎内にいた時から、あなたは私の神です。

<はじめに>

 今日から「診療、看護、介護に生かす聖書の人間観」と題して新しいシリーズを始めます。

 聖書の中にはいろいろなことが書かれています。

 聖書を読むと、
 人間とはどのような存在なのかがわかります。
 どのように生きたら幸せになるのかがわかります。

 このシリーズでは、このような聖書の人間観について考えていこうと思います。
 読者としては、特に医療や福祉の業界におられる方を想定しています。
 クリスチャンでなくても、聖書の人間観を知ることによって、より良い医療や福祉について考えるきっかけになったり、ヒントになったりすると思います。

 このシリーズを読まれて、ご意見、ご感想、ご質問があれば、ぜひコメントに書き込んでください。
 よろしくお願いします。



 <はじめに>

 <医師は患者様よりも強い立場にある。>

 <医師が患者様に一対一で伝道すると>

 <どうすればプレッシャーを減らせる?>

 <伝道にふさわしいタイミング>

<伝道にふさわしいタイミング>

 私は、ブログで自分の信仰や考えていることを公開しつつあるので、私のことを知りたいと思われる方は、いつでもそれを自由に読むことができます。
 それを読まれて、聖書の教えやキリストについてもっと知りたいと思われる方があれば、私に質問されるかも知れませんし、誰かほかのクリスチャンに尋ねるかも知れません。もし私に質問されるなら、それに答える範囲でお話をさせていただくのです。
 あくまでも、患者様の自由で自発的な気持ちを、最大限に尊重していきたいと思っているのです。
 そうすることによって、医師➖患者間のプレッシャーをできるだけ弱めた状態で、信仰の話ができるようになるのではないかと思うのです。
 それが、伝道に最もふさわしいタイミングだと思うのです。

(シリーズ「クリスチャン医師が患者様に伝道する時に注意した方がいいこと」 終わり)

2018/8/5 記事一覧

<どうすればプレッシャーを減らせる?>

 そのようなわけで、私はクリスチャンではありますが、患者様と一対一の状況の中では自分から信仰の話をすることはありません。それどころか、私がクリスチャンであることさえ、自分から知らせることはありません。現在、私は約140名の患者様を訪問診療で担当していますが、大多数の患者様は、私がクリスチャンであることさえご存知ありません。

 患者様から信仰に関することについて質問されれば、それには答えます。患者様が知りたいと思うことだけ話すようにするのです。

 一対一で話をすると、患者様は強いプレッシャーを受けると思うのですが、医師一人と複数の(多数の)患者様という状況であれば、患者様の受けるプレッシャーはかなり軽減されるでしょうから、そのような場合には自分の信仰について語ってもいいかも知れません。
 さらに、医師一人対不特定多数という状況であれば、むしろ、大胆にはっきりと語っていいのではないかと思っています。
 だからこそ、私は、このようなブログで、自分の考えていること、思っていること、自分の経験、自分の信仰をできるだけ率直に書こうと努めています。

<医師が患者様に一対一で伝道すると>

 医師➖患者関係は、このような特殊なものなので、そのような関係の中での一対一の伝道は強いプレッシャーを伴ったものとなります。
 患者様は、医師に対する恐れや遠慮を感じてしまいがちなのです。
 医師にそのようなプレッシャーを与えるつもりがなかったとしても、また、意識的にプレッシャーがないようにしたつもりだったとしても、それでも、無言の圧力が患者様にかかり、自由な意思を持ち、選択をすることができなくなると思います。
 そのような関係のもとで医師が伝道をすると、患者様は、自分の本当の気持ちに反する選択や行動をしてしまうことになりかねません。
 なので、患者様が、仮に信仰を持ったとしても、それは本物の信仰にはなりにくいのではないかと思うのです。

 信仰が、そのような圧力のもとで始まった場合、その後の信仰の成長が遅れてしまうかも知れません。
 信仰のために何か困難が起こったり、逆境を通ることになったりした場合、あまり忍耐できずに信仰から離れやすかったりするかも知れません。
 そのようなことがあると、医師が患者様に伝道したことが、患者様本人にとっても、患者様と近い方々にとっても、むしろあだになってしまって、かえってそれらの方々をキリストから遠ざけてしまうようになってしまうかも知れません。

<医師は患者様よりも強い立場にある。>
2018/6/18  患者さまが自分の人生の主人公になることのできる医療とは(その3)
 で書きましたが、私は医師と患者様は本来対等であるはずだと考えています。

 でも実際には、患者様の立場は医師の立場と比べると非常に弱いものです。

 第一に、医師は、患者様の弱みや秘密を知ることができます。医師には守秘義務がありますから、患者様の秘密を知ったとしても、それを漏らすようなことはないのですが、でも患者様にしてみれば、自分の弱みや秘密を知られていると思うだけで、自分の立場の弱さを感じてしまうかも知れません。

 第二に、医師は、患者様の健康や生命を左右しうる立場にあります。医師は、医師としての良心や使命感を持って、患者様のために私情をまじえずに最善となる診療を行っていくはずのものではありますが、患者様にしてみれば、医師の心情一つで、自分の健康が左右されるのではないかという恐れが多少なりともあるものです。

(続く)

2018/8/5 記事一覧

<はじめに>

 私はクリスチャンです。
 だれでも、キリストを信じるなら、この世においては、どんな困難や逆境にも負けない、本当に幸せな人生を送ることができるし、死んだあとも天国で永遠に喜びを持って生き続けることができると、私は信じています。
 ですから、私は、まだキリストのことを知らない方に、キリストを知り、信じて、救われてほしいと願っています。
 クリスチャンが、ほかの人にキリストについて伝えることを「伝道」と言います。

 私は医師でもあるので、患者様にもキリストを信じることによる救いを受け取ってもらい、幸せになってもらいたいと思っています。
 ですが、クリスチャン医師が、患者様に伝道する際には、気をつけないといけないことがあると、私は思っています。

(続く)

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