小松邦志ブログ

小松邦志がふだん考えているいろいろなことを順不同で書きます。  医学、医療のこと、旅行のこと、クリスチャンとして考えていること、趣味のこと、政治のことなどが主な話題になると思います。

カテゴリ: クリスチャンとして考えていること

<このシリーズを一言でまとめると>

 人は誰でも弱さがあり、罪があり、人に迷惑をかけてしまう存在。
 けれどもそんな状態でも神に愛され、赦される。
 だから私たちも互いに愛しあい、赦しあい、支え合って生きていきましょう。
 そうすれば、私たちは成長し、私たちの地域、社会も成長し、みんなが幸せになることができます。



<医療、福祉業界で従事する私たちは、どう生きていくか。(2)>
 〜〜弱い人、弱い立場の人を守る。〜〜

 に書きましたが、神様は、弱い人、弱い立場の人の味方です。

 弱い立場の人は、苦しんだり、困ったりしていても、自分から声を上げることもできません。
 でも、それらの方の心の叫びを神様はしっかり聞いておられます。
 私たちは、日々の業務の中で、そのような弱い立場の人と頻繁に出会います。
 弱い立場の人の、困っていること、苦しんでいること、つらいことを知ることのできる立場にいるわけです。

 神様は、すべての人を愛しておられますが、弱い立場の人については、特に気をかけておられます。
 私たちも、弱い立場の人に対しては、特に注意して、積極的に話を聞いたり、問題解決のために考えたり、実際に行動していきましょう。

 弱い立場の人を神様が大切にされるように、私たちも大切にしていくなら、神様はそれを喜んでくださいます。
 そのような思い、行動を通して、私たちの幸福度も上がり、私たちも次第に成長に導かれるのです。

 また、弱い立場の人の周囲にいる人々も、その弱い人を尊重し、その人の人生を大切にする過程を通して、成長していくのです。

 同様に地域社会が、弱い立場の人を大切にするなら、その過程を通して、地域社会も成長していきます。

 医療、福祉業界のスタッフが、まずは弱い立場の人を大切にして、その次の段階として、地域社会にも働きかけて、ともに弱い立場の人を守っていけたらと思います。



<医療、福祉業界で従事する私たちは、どう生きていくか。(1)>
 〜〜どんな状態の人であっても、神様が本当に愛されている方。大切に接したい。〜〜

 ここまで、このシリーズでは、聖書を土台として、人間について考えてきました。
 聖書が人間についてどう語っているか、聖書の人間観がどのようなものか、ある程度見えてきたのではないでしょうか。

 これらをふまえて、医療、福祉業界で従事する私たちは、どのように生きていったらいいのでしょうか。
 これらの知識を、どのように日々の診療、看護、介護などの仕事に生かしていったらいいのでしょうか。

 基本的な原則がいくつかあげられると思います。

(1)どんな状態の人であっても、神様が本当に愛されている方。大切に接したい。

 私たちが、業務で接する方々は、本当に多種多様です。
 いろいろな性格の人がおられるし、今まで歩んでこられた道すじもさまざまです。
 それぞれ、いろいろ得意なことを持っておられるし、すばらしい足跡を残してこられていることでしょう。
 それと同時に、それぞれがいろいろな弱さを持っており、罪があり、今までの人生の中で傷と思われるものを持っておられるはずです。
 神様は、どのような人も愛し、受け入れておられます。
 私たちも、まずは無条件に、目の前の患者様、利用者様を愛し、受け入れましょう。
 罪や弱さがあっても、赦しましょう。
 一人の人間として、認め、受け入れましょう。
 その方の価値観を尊重し、その願い、希望、夢の実現のために力を尽くしたいと思います。

2019/1/29 診療、看護、介護に生かす聖書の人間観(その37)
 で書いたこととも関連しますが、
 病状が悪くなったり、高齢になったりしたために、ADLが落ちて、自分からあまり動けないような状態になったとしても、社会とのつながり、周りの人とのつながり、交流ができるだけ広く、深くなるようにしましょう。
 文化的な潤いのある生活が維持できるようにしましょう。
 できることが少なくなっても、その方でなければできないような役割をになってもらえたらいいですね。
 どんな状態になっても、ほかの人のために何かをすることができるのではないかと思います。ほかの人に何かを伝えたり、何かを残したりできるはずです。
 それらのことが生きがいになっていくかも知れません。
 人は人間関係の中で成長しますし、死ぬまで成長を続けるのです。



<四つの死>

 今日は「四つの死」をテーマに書きます。
 この概念は、直接聖書から派生するものではないのですが、聖書の価値観とぶつかるようなものではないし、このシリーズの内容につながるものなので、紹介します。

 数年前にアルフォンス・デーケン先生の講演を聞きました。
 この先生は、上智大学名誉教授で、専門は死生学です。
 先生の講演の中で、人間には四つの死があると聞きました。

 第一は心理的な死です。
 私なんか、生きていてもしょうがない。何もする気が起こらない。などのような心理状態になったなら、それは心理的には死んでいることになります。

 第二は社会的な死です。
 社会から切り離され、人と会わず、会話せず、行動をともにすることもなく、心を通わせることもないような状態です。
 また、社会的な役割、責任がなくなり、社会的にはその存在がゼロとみなされるような状態です。
 このような状態になったら、社会的には死んでいることになります。

 第三は文化的な死です。
 生きているにもかかわらず、芸術に触れることも、文化的な営みに関わることもないような状態になる場合があります。文化的な潤いと無縁な状態になったら、それは文化的に死んでいることになります。

 第四は生物学的な死です。
 これは心臓が止まった時に起こる死です。

 在宅療養をされる方や在宅ホスピスの患者さんなどの療養生活の質を上げるためには第一〜三の死についても、留意していく必要があるのです。



2018/9/26 目次の目次
2018/8/5 記事一覧

<成長について(8)>
 〜〜人は死の瞬間まで成長を続ける。〜〜

2018/6/10 毎日が大吉です。(その4)
 にこう書きました。

「 私は、医者をしていて今までたくさんの方の人生を見てきました。
 重い病気や事故など、思いがけない不幸と思える境遇の中でも、感動的な生き方をされている方がおられました。
 前向きに目標を持って生きていたり、周囲の人に対して感謝の言葉が絶えなかったり、すばらしい夫婦愛、家族愛の中で明るく、希望を持って生きておられたりするのです。
 重い病気や事故は、苦しいこと、つらいことには違いありませんが、こんな経験を通されたからこそ人間としてさらに大きく成長したと言えると思うのです。

 人は一生、死ぬ瞬間まで成長を続けるのだと思います。
 人はすべてが順調な順境の時にも、成長するのでしょうが、逆境の中では大きく、飛躍的に成長できる可能性があるのだと思います。


 私は、尼崎医療生協病院の緩和ケア病棟で1年間働き、主治医として約100名の患者様の最期に立ち会いました。
 また、こひつじクリニックは、緩和ケア内科も標榜していますので、癌の末期の方もたくさん担当してきています。

 癌の末期になると、人生が激変します。
 今まで、何の不自由もなく、楽しく生きてきたのに、次第に食事がとれなくなり、どんどん体力が落ちていき、どんどんやせていきます。できることが少なくなっていき、人に助けてもらわないと生活できなくなっていきます。いやでも、自分の死期が近づいていることを思い知らされます。
 このような状況は、この上なく悲惨な状態とも考えられます。
 でも、このような状況に至ると、人は、自分自身を見つめ直し、自分の人生をふりかえります。家族や親しい人と親密な話ができるようになったりします。謝罪や感謝など、心の深いところからの話ができたりします。元気な時には希薄な人間関係でしかなかったのに、末期の状態になることによって、和解が進み、絆が強まり、親密な人間関係になっていくのです。病気を持ちながら、共に生きていくことによって、お互いにめざましく成長するのです。
 癌の末期の方が、みんながみんな、こんなふうにめざましく成長するというわけではありませんが、けっこうな割合でこうなっているように思います。

 癌に限らず、だんだんと死に近づくという時期は、想像もしたくない、避けたいようなものかも知れません。でも、この時期は、その人にとって、極めて貴重で重要な時期なのです。


<成長について(7)>
 〜〜あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。〜〜

 では成長とはどのようなことか考えてきました。

 聖書には、こんなところがあります。

マタイの福音書
5章
38,『目には目で、歯には歯で』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
39,しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。
40,あなたを告訴して下着を取ろうとする者には、上着もやりなさい。
41,あなたに一ミリオン行けと強いるような者とは、いっしょに二ミリオン行きなさい。
42,求める者には与え、借りようとする者は断らないようにしなさい。
43,『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
44,しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。
45,それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。
46,自分を愛してくれる者を愛したからといって、何の報いが受けられるでしょう。取税人でも、同じことをしているではありませんか。
47,また、自分の兄弟にだけあいさつしたからといって、どれだけまさったことをしたのでしょう。異邦人でも同じことをするではありませんか。
48,だから、あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。


 マタイの福音書の第5章はイエス様の山上の説教として有名な箇所です。
 この中で、イエス様は人間にとって普通であったり、常識であると思われることの正反対のことをたくさん教えられました。
 たとえば、「悲しむ者は幸いです。」とか、「義のために迫害されている者は幸いです。」とか、「だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。」とか。
 神様の価値観と人間の価値観は、このように全く異なる部分が多いのです。

 そして、さらに第5章では、このようなことも書かれています。
「39,しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。」
「44,しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。」

 神様の言われることは、人間の普通の行動パターンとはかけ離れすぎていて、とても実行できません。

 誰が、神様やイエス様のように、人を完全に赦し、完全に愛することができるでしょうか。

 でも、この第5章の一番最後に「あなたがたは、天の父が完全なように、完全でありなさい。」と書かれているのです。
 神様は、自分が赦すように赦すことを、自分が愛するように愛することを、人間に求めておられるのです。

 私たちには、このような目標が神様から与えられたわけです。
 はるか遠いところにある目標で、そこまでたどり着くのは、不可能に思えます。
 でも、遥かに遠くはあるのですが、目標が示されたからには、その方向に向かって歩き始めることはできるわけです。

 神様がこちらに来なさいと招いてくださっています。
 「遠すぎるから、私には無理です。諦めます。」という人もいるかも知れません。
 でもその反対に、「自分の力ではとてもそこまで到達するのは無理だとは思うけど、神様がこちらに来なさいと招いてくださるのだったら、一歩ずつではありますが、その方向に歩き始めてみます。」と神様に向かって意思表示する人もいるでしょう。
 神様は、人が後者の選択、生き方をするのを期待されています。
 後者の選択をした人に対して、神様は大いに喜ばれて、神様の力で、引き上げ、引き寄せて、目標に近づかせてくださるのです。

 目標に近づいていく、この過程を成長と呼ぶのだと思います。




<成長について(6)>
 〜〜個人としての成長、人間の集団としての成長〜〜

 私たちは、一人ひとり、個人として成長が期待されています。
 神様は、私たち一人ひとりにカリキュラムを用意しておられて、成長に、そして幸福に導こうとされています。

 さらに、神様は
 に書きましたが、私たちの属する人間集団に対しても、成長することを期待しておられます。

 人間社会においては、いろいろなスケールの人の集まりがあります。
 「家族」という集まりもあるし、「同じ職場」とか「同じ学級」とか言う集まりもあります。「同好会」とか「同じ趣味の人の集まり」みたいなものもあるでしょう。「同じ町の住人」とか「同じ国の国民」とかも人の集まりです。もっと言えば「人類全体」というのも人の集まりです。

 それらさまざまなスケールの人の集まりで、各メンバーが以下のような姿勢、行動に近づいていくことが、集団としての成長だと思います。

 ・喜ぶ人と共に喜んだり、泣く人と共に泣く
 ・苦しんでいる人、悲しんでいる人に共感できるようになる。
 ・愛し合い、仕え合い、支え合い、励まし合う
 ・謙遜になる。
 ・絆が強くなる。
 ・周りの人に勇気、生きる力、希望、感動を与えるようになる。
 ・周りの人の愛を知る。
 ・周りの人の違いや多様性を尊重できるようになる。
   - 多様なメンバーがいることを認める。受け入れる。尊重する。
   - どのメンバーも大切。必要ないメンバーはいない。
   - 分裂しない。
   - いたわりあう。
   - もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶ。

 すべての人が発展途上であるのと同様、すべての人間集団も発展途上です。
 すべての人間集団には、長所もあれば、問題点も必ずあるのです。

 神様は、それぞれの集団に対してもカリキュラムを用意しておられて、成長に導こうとしておられます。
 集団として成長するほど、各メンバーもさらに成長に導かれ、幸福に導かれます。

 私たちは、属する集団の中で認められ、役割を与えられる時に、やる気が出てきて、いきいきと動けるようになるものです。
 私たちにとって、属する集団というものは、自分の生き方に影響を与える大きい存在です。
 神様にとっても、それぞれの人間集団は大切で、愛する対象なのだと思います。


<成長について(5)>
 〜〜そもそも成長とはどんなことか〜〜
  ●周りの人に対する姿勢、行動

 「成長」について考えてきていますが、そもそも、成長するとはどんなふうになることなのでしょうか。
 周りの人に対する姿勢、行動としては、以下のようなものがあげられるでしょう。

 ・一言で言えば「愛」。
   聖書の中に次の文章があります。
   結婚式とかで読まれることも多い箇所です。


コリント人への手紙 第一
13章
4,愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。
5,礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、
6,不正を喜ばずに真理を喜びます。
7,すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。
8,愛は決して絶えることがありません。

13,こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番すぐれているのは愛です。


  私たちは、なかなか聖書が教えるこのような愛を持つことができませんが、このような愛の境地に近づいていくことが成長と言えるでしょう。

2018/7/5 毎日が大吉です。(その9)
 に書きましたが、以下のような姿勢、行動に近づいていくことも成長と言えます。

 ・喜ぶ人と共に喜んだり、泣く人と共に泣く
 ・苦しんでいる人、悲しんでいる人に共感できるようになる。
 ・愛し合い、仕え合い、支え合い、励まし合う
 ・謙遜になる。
 ・絆が強くなる。
 ・周りの人に勇気、生きる力、希望、感動を与えるようになる。
 ・周りの人の愛を知る。
 ・周りの人の違いや多様性を尊重できるようになる。
   - 多様なメンバーがいることを認める。受け入れる。尊重する。
   - どのメンバーも大切。必要ないメンバーはいない。
   - 分裂しない。
   - いたわりあう。
   - もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶ。


<成長について(4)>
 〜〜そもそも成長とはどんなことか〜〜
  ●神に対する姿勢、行動

 「成長」について考えてきていますが、そもそも、成長するとはどんなふうになることなのでしょうか。
 神様に対する姿勢、行動としては、以下のようなものがあげられるでしょう。


 ・謙遜になる。
   神様が、私たち一人ひとりを造ってくださいました。そして限りない愛を持って、愛してくださっています。また私たちが快適に生きられるように環境を整え、維持してくださっています。さらに、私たちが、幸福になれるようにすばらしい計画を準備してくださっています。
   このような神様の愛を知れば知るほど、感謝の思いが深くなりますし、神様が用意してくださったすばらしい計画に沿って生きていきたいと思うようになります。
   神様に対して傲慢になって、神様を無視するのではなくて、神様の声や導きに耳を傾け、従おうとするようになります。


 ・絆が強くなる。
   私たちは、神様がすばらしい計画を用意してくださっていると聞いても、なかなか信じられないし、素直に従えないものです。ですが、神様の導きに従い始めてみると、神様からの恵みを体験するようになっていきます。神様に従えば、本当に幸せになっていくということを体験していくと、神様のことが、だんだんと信頼できるようになっていきます。そうなるともっとしっかり、もっと大胆に従えるようになっていきます。これがクリスチャンとしての信仰の成長です。


<成長について(3)>
 〜〜そもそも成長とはどんなことか〜〜
  ●自分の能力、性質について

 「成長」について考えてきていますが、そもそも、成長するとはどんなふうになることなのでしょうか。

2018/6/17 毎日が大吉です。(その5)
に書きましたが、自分の能力、性質に関する部分で言うと
 ・忍耐力が強くなる。
   逆境や苦難の中でも、神様が最善に導いてくださることを信じて、耐え忍び、待つことができるようになる。

 ・練られた品性を持つ。
 ・希望が感じられるようになる。(たとえ、普通なら希望が持てないような状況の中でも)
 ・周りの人に勇気、生きる力、希望、感動を与えるようになる。

 ほかにも以下のようなことも「成長」です。
 ・自分の弱さを知る。そのことを受け入れる。自分の弱さについて神様に感謝できるようになる。
 ・いつも喜ぶ。絶えず祈る。すべてのことについて感謝する。(下記の聖書の一節)


テサロニケ人への手紙 第一
5章
16,いつも喜んでいなさい。
17,絶えず祈りなさい。
18,すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。



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