2015年に、ある小さい学会で「患者さまが自分の人生の主人公になることのできる医療とは」と題して発表させていただきました。その内容を文章にまとめたものを数回に分けて紹介させていただきます。

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患者さまが自分の人生の主人公になることのできる医療とは

<はじめに>
 一般に、人は誰でも自分の人生の主人公だと考えられます。しかし、医療の世界では必ずしもそうではありません。むしろ、重い病気や障がいを持つ方にとっては、自分の人生の主人公になることはかなり難しいことです。その原因や対策について考察しました。

<患者が自分の人生の主人公になれない原因>
 以下のような各種の原因が考えられます。

(1) 物理的な要因
 家の中も町の中もあまりバリアフリーになっていない。移動の自由が妨げられていることが多いんです。動きたい時に動けない。行きたいのに行けないということになりがちです。家の中のちょっとした移動でさえ難しくなる場合もあるでしょう。自分の希望がかなえられず、あきらめることを余儀なくされます。あきらめるのが普通、あきらめるのが当たり前という毎日になってしまいます。

(2) 心理的な要因
 病気になったり、障がいを持ったりして「生産的」なことができなくなると、自分には価値がないと思ったりします。生きていても、何の人の役にも立てない。自分は家族や社会のお荷物だと感じて、自分の希望や願いが言えなくなってしまいます。遠慮して、引っ込み思案になってしまって、心が萎縮してしまいます。

(3) 経済的な要因
 自分で稼げなくなると、お金のかかることはできなくなります。ただでさえ、重い病気を持った方の場合、生活する上で普通の人よりも余分にお金がかかってしまうことが多いかも知れません。この先、生きている間どれほどお金が必要かということを思うと、ふだんの出費をできる限り抑えようとするのはやむを得ないことと言えるかも知れません。

(4) 医療スタッフの要因
 従来、患者の治療方針は、患者の希望や願いをほとんど聞くこともなく、医師や看護師により決められてきました。医療スタッフ側には、患者が自分の人生の主人公という意識はなく、患者に対して指示や命令しかしません。医療スタッフは、自分たちの価値観や習慣に基づいて意思決定を行うわけですが、それは往々にして患者の価値観や願いに反するものとなります。
 二つ例をあげます。

 ・癌の治療
  癌の種類、部位、進行度などによって、最も5年生存率の高い治療法(手術、抗癌剤、放射線治療など)が選択されます。昨今、EBM (evidence based medicine) と言って、治療をする場合にはデータや根拠に基づいて治療法を選択するということが勧められています。以前は医師の経験や直感に頼って治療法が選択されていたわけなので、EBM が推進されるのは悪いことではなく、医療の進歩とも言うことはできます。しかし、患者の希望、願い、価値観ぬきに治療法が選択されるのであれば、やはりそれは問題でしょう。医師から提示された治療法を拒否する権利が患者にはあるのですが、言われるがままに治療を受けてしまう場合が多いと思います。寿命が伸びるというのは一般的には良いことと考えられますが、それと引き換えにつらい副作用に悩まされるようになったり、長期の病院や施設での生活を強いられるようになるのだとしたら、もっと別の選択があるのではないかと思ってしまいます。

 ・胃瘻
  病状の進行や加齢により、食欲が低下したり、嚥下の力が弱ってきたりすると、胃瘻造設が勧められ、経管栄養が始められる場合が多くあります。従来、医療の使命は患者を少しでも長生きさせることと考えられてきました。その医療観にしたがえば、食べられなくなったら、経管栄養をして命が続くようにするというのは当然の選択ということになります。でも実際の医療の現場で、そのような患者を多く見てくると、すべての胃瘻造設が悪いとは言えませんが、多くの場合、それが患者の幸せにつながっているのか疑問ですし、そもそも患者がそれを望んでいなかったのではないかと思われる場合が少なからずあります。

(5) 社会の要因
 資本主義社会では、金こそが目的であり、手段であり、評価基準です。金を生み出せない人は、社会から価値のないものとして疎外されます。資本主義的価値観は、あまりに広く、大多数の人に植えつけられてしまっているので、患者の家族でさえ、患者に対してそのような思いをいだいてしまいがちです。

(続く)