小松邦志ブログ

小松邦志がふだん考えているいろいろなことを順不同で書きます。  医学、医療のこと、旅行のこと、クリスチャンとして考えていること、趣味のこと、政治のことなどが主な話題になると思います。

 ペットとして飼うならあなたはイヌ派ですか、ネコ派ですか。

 私はイヌもネコも飼ったことがなかったのですが、飼うならイヌと思ってました。
 だって、イヌの方が飼い主に対して忠実だし、飼い主になつくし、態度や行動で考えていることがわかりやすいでしょ。
 それなのに、ちょっとしたきっかけがあって、10年ぐらい前にネコを飼い始めることになってしまいました。飼い始めるまでは知らなかったのですが、ネコも飼ってみるとかわいいもんですね。

PA0_0013

 ネコはマイペースで、人にこびません。なでてあげるからこっちおいでと言っても知らん顔です。それなのに、おなかが減ったら、頭をこすりつけてきて餌を要求したり、遊びたい時だけ寄ってきたり、寒い夜には勝手に布団に入ってきていっしょに寝たりします。しつけが悪いのか、時には部屋の隅のトイレではないところにおしっこをしたりもします。
 まったく、マイペースのネコに振り回されっぱなしです。ネコはどこまでも利己的なんでしょうね。上手に周りの人間を利用して、気楽に生きているようです。PAP_0001

 こんないたずらをしたり、悪いことをして悩ましてくるネコなのに、でもやっぱりかわいいんです。家族の一員として大切な存在なんです。
PA0_0005
PAP_0002


 話は大きく変わりますが、神様と人間の関係も、飼い主とネコの関係とよく似ていると思うんです。
 人間は神様に対して、ふだんはそっぽを向いて生きていて、困った時だけ神頼みをしたりします。利用したい時だけ、利用しようとするのです。それでも、手のかかるネコがかわいくてしかたがないように、神様もどこまでも私たちを、大切に思ってくださり、家族のように迎えようとしてくださっているのです。
PA0_0008

 マイペースのネコを飼うようになって、神様がどれほどの愛で愛してくださっているかが、少しわかるようになりました。神様を身近に感じることができるようになりました。

 まだ自己紹介をしていないのに気付きました。
 私のこれまでの歩みを神様がどのように導いてこられたかについては、また詳しく書こうと思っています。
 今日は簡単に書きます。

 私は、1966年に神戸で生まれ、神戸で育ちました。
 小学校5年生の時に初めて聖書の話を聞き、6年生の時から教会に通っています。属している教会は日本イエス・キリスト教団聖三一コミュニティー教会です。神戸市垂水区にある教会です。
 1990年に神戸大学医学部を卒業し医者になりました。
 卒業してすぐに徳洲会に入りました。最初の8か月は茅ヶ崎徳洲会病院で内科と外科、、次の2年半は湘南鎌倉病院で産婦人科、小児科、外科、次の約7か月は神奈川県の大和徳洲会で外科の研修を受けました。
 1993年10月から、神戸徳洲会病院に移り、約10年は外科、麻酔科として働き、その後は総合診療部長として主に救急車の患者さんをみる仕事をしていました。
 いろいろきっかけがあって、2012年3月に徳洲会をやめて、2012年4月から1年間、尼崎医療生協病院で緩和ケアの医者として経験を積ませていただきました。
 2013年8月に尼崎で患者様の旅行に同行して支援することを専門に行うクリニックとして、こひつじクリニックを開業しました。
 2015年1月に尼崎から兵庫県川辺郡猪名川町に移転して、訪問診療を中心におこなっています。患者様の旅行、外出支援も続けています。

 ふだんは猪名川町のグッドサマリタンチャーチの礼拝に出席しています。

 趣味は広く浅くでいろいろあります。
 お菓子作り、パソコンをいじる、マラソンに出る、ギターをひく、ドラムをたたく、将棋、ヨットで海の上をただよう、天体望遠鏡など。またおいおい記事にしていきます。

 訪問診療している患者様なのですが、89歳の女性の方がおられます。
 訪問するといつも「年はとるもんじゃないねえ。なんとなくしんどくって、重くって、だるくって。昔はこんなじゃなかったんだけどね。年をとるといいことが何もない。」とおっしゃいます。ユーモアのある方で、言い方は深刻ではなくて、笑顔で言われるんですけどね。そしてこうおっしゃいます。「20歳、若返る薬をください」と。
 「20歳若返る薬ですか。そんな薬があったらいいですね。どうしたらいいでしょうね。」と私は返しました。

 この記事を読んでおられるあなたなら、このおばあさんにどう答えますか。

 私はこの方といろいろお話して、この方の喜ばれそうなことがわかってきました。この方の希望に、私のアイデアもくっつけて、こんなプランを考えてみました。

 ★★ ちゃんとお化粧して、きれいな服を着て、
     イケメンの若い人といっしょにお出かけする。 ★★

 長いこと化粧もしてないと言われる方ですが、こんなことが実現したら20歳ぐらい、いっぺんに若返るのではないかと期待しています。
 私の思いつくアイデアはこの程度のものなのですが、あなたにはもっと素晴らしいアイデアはないですか。何かあれば、ぜひ教えてください。

 今日は中学校の同窓会でした。
 毎年開かれているのですが、昨年は参加できなかったので、みんなと会うのは2年ぶりです。
 今回は卒業以来初めて会う人もいて、めちゃくちゃ久しぶりでした。
 でも、不思議なもので、1〜2年に1回しか会わない人たちばかりなのに、そんなに久しぶりな感じがしないんですよね。
 みんな変わらず元気で、それぞれの場でがんばってるようで、しばらく話ができて楽しかったです。

 会場は舞子ビラ。こんなきれいなところです。
IMG_3921
IMG_3922



 舞子ビラからの景色
IMG_3920


 すぐ近くが海だったので、少し寄り道しました。
 明石海峡大橋です。
IMG_3923

 長く神戸に住んでいて、毎日この海を見ていたのですが、神戸を離れて8年。めったに海が見られなくなってしまいました。やっぱり海はいいですね。

 これは2008年に私が書いた文章です。
 私がどのようにして劣等感から開放されたか書いてます。
 以下の文章の内容のことに気づいてから、たとえ、自分の中に気に入らない部分があるとしても、自分のことを好きになっていいんだとわかりました。
 今では、私は自分のことが大好きです。もちろん、今でも私は欠点の多い人間ではありますけどね。
 わかりにくいところもあるかも知れませんね。お気軽にご質問などお寄せください。

--------------------------------------------------------------------------------------------------------

    ささげる喜び

<自己紹介>
  最初に自己紹介をさせていただきます。現在私は教会ではいろいろな奉
仕をさせていただいています。役員をさせていただいていますし、教会学
校の教師もさせていただいています。教会学校では、ドラムを叩いたり、
ギターを弾いたりしています。礼拝の中で、時々液晶プロジェクターで歌
詞を映し出すようなこともさせていただいています。聖歌隊のリーダーな
どもさせていただいています。まったく下手の横好き状態です。
  母、妻、こども3人の6人家族で、みんなで教会に通っています。病院
で外科医、救急医として勤めています。

<劣等感>
  しかし、私は罪人であり、欠けの多い者、誘惑に負けやすい者、人を恐
れやすい者です。どの分野にしても自分よりすぐれた人はいくらでもいる
し、自分でなければならないという理由はありません。自分には教会で奉
仕にあたる資格はないと思ったこともありました。人前に出て能力のなさ
をさらけだしたくないと思うこともありました。
  自分より能力のある人をうらやましく思いました。教会での奉仕にしろ、
病院での仕事にしろ、もっとてぎわよく、早く、確実にできればいいのに
といつも思います。どうしてもっと能力を下さらないのですかと神様に祈
ったりもしました。

<自分の能力は神様がつくって下さったもの>
  長く、こんな思いを持ち続けていましたが、ある時気付きました。自分
をこのようにつくって下さったのは、神様であるということです。自分の
能力をつくって下さったのも神様なのだということに気付きました。向上
のために努力することは必要なのでしょうが、努力しても自分には限界が
あります。できることはできる、できないことはできない。人にはできて
も自分にはできないということはある。あって当り前なのだ。マタイ二五
・15〜30を読むと、人によって5タラント、2タラント、1タラントと預
けられたお金が違っています。そのように、神様は私たち一人一人を違っ
たものとしておつくりになり、それぞれに違った能力をお与えになってい
るのですね。自分の能力が足りないということで神様に愚痴を言うのは、
不信仰であって、神様を讃美し、感謝する姿勢ではないと気付かされまし
た。神様はありのままの私を受け入れて下さっています。私も、自分に気
に入らないところがあっても、まず、ありのままの自分を受け入れるべき
なのだとわかりました。

<喜んでささげること>
  そのことに気付いてから、少ししか与えられていないと思われても、そ
れを感謝して受けることができるようになりました。足りないと思われて
も、持っているものをささげればいいとわかりました。ヨハネ6章に5個
のパンと2匹の魚をささげた少年の話がありますが、少ないと思われるも
のでも、喜んでささげるなら、主はそれをお用いになることができるので
す。
  自分が持っているものは、お金であれ、健康であれ、能力であれ、時間
であれ、すべて主が与えて下さったものです。それを感謝をもって、喜び
をもって主にお返しすることができれば、と思います。与えられたものを
すべて主のために使うことができればすばらしいと思います。
  与えられた務め、奉仕、機会を感謝して受けて、誠実に忠実にそれに取
り組んでいくことが、神様が私に望んでおられることなのだと思います。
第一コリント十・31にあるように食べるにも、飲むにも、何をするにもそ
れによって神様の栄光が現されるならすばらしいと思います。

  あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物とし
てささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。(ローマ一二
・1)

↑このページのトップヘ