小松邦志ブログ

小松邦志がふだん考えているいろいろなことを順不同で書きます。  医学、医療のこと、旅行のこと、クリスチャンとして考えていること、趣味のこと、政治のことなどが主な話題になると思います。

 5月9日に「事例検討会のお知らせです。」(http://yasushikomatsu.blog.jp/archives/9173920.html) という記事を上げましたが、今月も定例の事例検討会をします。
 こひつじクリニックの訪問診療の患者様を担当してくださっている訪問看護師さん、薬剤師さん、ケアマネさんを中心に集まっていただいています。
 患者様一人ひとりについて、関係されている各職種の方と情報を共有し、知恵を出し合って、より良いプランを考えていきます。
 在宅医療に関心のある方であればどなたでもご参加ください。

 場所:猪名川町社会福祉会館
 日時:6月13日(水)17時30分 ~18時50分

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 こんなイベントがあります。
 私は直接は関わっていないのですが、微力ながら協力させていただいています。
 良かったらお越しください。

 次のマラソンの予定が決まりました。

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 私は3年ほど前から1年に1〜2回マラソンの大会に出ています。

 私の行ってた高校では体育の授業の時に毎回まず約 3km 走らされました。当時は変な学校だなと思っていたのですが、これが影響したのか、長距離を走るのがけっこう好きになってしまいました。
 大学を卒業してからは、走るような機会はなかったのですが、勤めた病院にマラソンの好きな看護師がいて、その人に教えてもらったのがきっかけでマラソン大会に出るようになったのです。

 マラソンというものは、走っている時にはしんどいのですが、走り終わった時の爽快感、達成感は格別です。筋肉痛がおさまる頃にはまた走りたいと思うようになります。

 ふだんから走ってないと、マラソン完走はむずかしいです。
 私はできるだけ毎日走ろうと思っています。実際には毎日ではないのですが、週に4回ぐらいは走っていると思います。
 走ると老化防止、認知症予防のためにもなるのでいいですよ。
 みなさんもいかがですか。

 今日の仕事がようやく終わりました。
 先ほど、最後の往診が終わって、家に帰る途中の車の中で、今日の記事を書いています。

 今日は、状態の悪い患者様がおられて、依頼を受けて往診したのですが、その診療にかなり時間がかかりました。
 それもあって予定の訪問診療の方が、1件回りきれずに後日に変更になってしまいました。
 状態の悪い方、より緊急性のある方が優先になるのはしかたのないことではありますが、後回しになってしまった患者様には申し訳なく思います。

 少しずつ医者を増やして、こういうことができるだけないようにしていきたいと思っています。

<今日の用語解説>
 ●訪問診療
  あらかじめ予定を組んで、定期的、計画的に、患者さまのもとに訪問して診療するもの。

 ●往診
  状態悪化などのために、患者様から依頼を受けて訪問する、臨時の診療。

 状態が悪化してから対処するよりも、状態悪化を未然に防ぐほうが、患者様の療養、健康維持のためにはいいことです。やむを得ない場合も多いのですが、できるだけ往診が必要な状態にならないように、適切に計画を立てて、訪問診療をしていく必要があります。

 今日は、昨日の記事「毎日が大吉です。(その2)」の続きです。

<神様はすべてを益としてくださる。>

 聖書の中にこんな一節があります。

 「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ローマ人への手紙8章28節)

 毎日いろいろなことが、私たちの周りで起こります。良いと思えることも起これば、悪いと思えることも起こります。ラッキーと思えることもあれば、不幸なこと、つらいこと、苦しいこと、悲しいことも起こるでしょう。
 私たちは、不幸なこと、つらいこと、苦しいこと、悲しいことを避けて通りたいと思います。不幸なできごとが、私たちの役に立つようになるなんて、とても考えられません。

 でも驚くべきことに、神様はこれら、私たちにとってマイナスとしか思えないことでも益(えき)、すなわち私たちにとっての良いことにしてくださるというのです。
 さらに、私の経験から言えることなのですが、私の能力や努力が足りなくて失敗したような時でさえ、また、弱さのために罪を犯してしまったような時でさえ、神様はそれを益に変えてくださるのです。
 私たちは神様の立ててくださっている計画の具体的な内容を前もって知ることはできません。ですが、いろいろなできごとが終わってしばらくたってから振り返ってみると、神様がいかに私たちにはたらきかけて、不幸なできごと、失敗、罪などをさえ、益に変えてくださったかわかることがあります。
 神様の計画はあまりにも深く、あまりにも多くの人をまきこむ広いものであるので、その全貌を知ることはできません。でも、部分的ではありますが、神様のみわざを知ることはできるのです。

 この記事を読んでくださっている方も、過去を振り返って見た時に、過去のつらかったできごとが、現在の自分の益になっているということに気付くことができるかも知れません。これは神様のしわざだとしか思えない絶妙ななりゆきに気がつくかも知れません。

 神様が、不幸なできごと、つらい、悲しい、苦しいできごとでも、あとでプラスに変えてくださるのだということがわかれば、現在、目の前で起こっているつらいこと、悲しいことに対する心の姿勢が変わってきます。純粋に苦しみ、悲しむのではなく、その奥に隠れている希望を感じることができるようになります。神様がすばらしいことをしてくださると、期待して、待つことができるようになります。

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